亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~

その中でも一際大きな氷の刃が、右足を掠った。

たいした痛みは無かったのだが、それによりバランスが崩れた。
元々足場の悪い場所に体重を預けていたのだ。ちょっとの衝撃で身体が傾くのは至極簡単だった。

グラリ…と揺れる視界。

なんとかバランスをとろうとしたが、マントの裾が氷柱に引っ掛かるという思わぬ事態が生じ、レトはそのまま冷たい床に身体を叩き付ける様にして落下した。

少し遅れて、弾力のあるアルバスの丸い身体がレトの傍らに落ちてきた。
小刻みにバウンドする雛鳥を慌ててマントのフードに投げ入れ、レトは息を殺しながら身体を起こした。


今現在自分が両手両足を突いている床は、幸いにも氷の波があまり及んでいない場所だった。
表面は薄く凍てついているだけ。青白い冷気の波は何故かレトを避けて流れていく。


…ピシピシ、という冷たい音色と、単調な足音…そして暗闇を背景に、レトは廊下の先の暗がりを、じっと見詰める。
自分の白い吐息が何度もかかるレトの視界の中央。
その先にある一つの存在は、徐々に大きく、そして闇を掻き分けて鮮明になっていき……数メートル手前で、それは不意に立ち止まった。






暗がりの中で自然と交わる視線を合わせたまま、レトは小さく口を開いた。






「………ユノ…」

「何だい、レト」

不気味な青い空気を纏わせた少年…ユノが、綺麗な笑みを浮かべて目の前に佇んでいた。
その見慣れている筈の笑顔が、なんだか今はとても恐ろしく感じる。

そうだ、彼は…。

彼は、本当は、笑ってなどいないのだ。


その場に漂う空気が、彼の存在一つでがらりと色を変える。
……真っ白かと思えば真っ黒で、空っぽで………刺々しい殺意が、蔦の如く絡み付いている。




「…凄く捜したよ………あんまり僕を歩かせないでくれないかな、レト。…僕は君程体力が無いんだから」

「………」

にっこりと笑いながらユノは一歩…前に歩み出す。同時にレトは一歩…後退した。

縮まらない互いの距離に、ユノは首を傾げる。

「…どうして逃げるんだい、レト」

「………」