亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~

…結界が、利かない。


しくじったか…と、顔をしかめるノアの足元で、サリッサは謁見の間を忙しく見回していた。
濃い青色の風と氷のオブジェで視界は埋め尽くされているため、目の前を遮る冷たい氷の壁の向こうを見渡す事が出来ない。

ぼんやりとだが、半透明の壁は向こう側の景色を映していた。
手の平で擦っても磨いても、体温が奪われるばかりで何の意味にもならないが、サリッサは懸命に目を凝らした。

…そんな地道な努力が叶ったのか、ほんの一瞬だけ……青い景色の向こうを横切っていく小さな人影をサリッサの瞳は捉えた。
見間違える筈の無いその後ろ姿に、サリッサは叫んだ。




「…ユノ!!…ユノ………何処に行くの…!?………ユノ!!」


限られた空間の中で吹き荒れる嵐の下。そこには、謁見の間の開け放たれた扉へと歩くユノの姿があった。
ゆらゆらとどこか覚束ない足取りで、大量の白の魔力を放ちながら暗い廊下へと進んで行く。

母の声に答えているのかいないのか、どちらとも言えない呟きをユノは漏らしていた。
繰り返し、繰り返し。



「………………僕が、僕である証を…返して…もらわないと……………レトを…捜しに……僕は、王になるんだ……………………だから…レトを…」










…消してしまわないと。












「ユノ!…っ……ユノマリアン!!」

サリッサの悲痛な叫びが風に掻き消されると同時に、マリンブルーに輝きながら揺らめく後ろ髪が、廊下の向こうに消えた。

この騒音の中でもそれだけが孤立して響き渡る小さな足音が、遠ざかっていく。
手の届かない所へと、消えていく。





サリッサは目の前の半透明の壁を何度も叩いて、滲む涙と嗚咽を漏らした。
腕に抱いていたドールは未だに意識は無いが、微かに「…お父様」とだけ声を漏らした。

痛々しい傷を目にし、サリッサは唇を噛み締める。





ごめんなさい。

ごめんなさい。


きっと、誰も悪くなどないの。


誰も悪くない。

誰も。












「どうすればいいの………シオン」