消えて、消えてよ…!!…と、何も無い虚空に向かって悲痛な叫び声を上げるユノ。
ガタガタと震える身体で激しい呼吸を繰り返し、その場で膝を突いた。
ノアがこちらに向かって何やら声を上げていたが、何も…聞こえない。ゆっくりと顔を上げてみるが、玉座の前の人影はやはり消えてなどいなかった。
そこに、いる。自分を指差して。
頭から、足元から、真っ赤な血が人影の全身を染めていく。
「…ユノ王子、何が見えているのですか。………王子、それを見てはいけません。…囁きに耳を貸してはいけません……王子…」
人影の金髪が、血を吸って赤色を帯びていく。
端から血を垂らす薄く開いた唇が、大きな弧を描いて…。
「目を向けてはいけません…王子…!………見ては、いけない…………………………………………“彼”を見てはなりません…!」
人影は身の毛がよだつ不気味な笑みを浮かべ、最後に一言だけ……囁いてきた。
小さいがそれははっきりと、ユノの意識を揺らした。
―――“ろくでなし”。
「―――黙れ!!」
―――刹那。
…一秒足らずの間を置いて、世界は濃い青の空気で満たされた。
青い霧。
青い月明かり。
青い吐息。
高貴な漆黒色の闇までもが、青色を帯びている。
目に見える空間、世界、己が、青く、青く。
青一色に染まって。
隙間という隙間を、青い氷が物凄い速さで占領していく。
ユノを、中心に。
「……キャッ…!」
床を這う氷は、まるで津波の様だった。背の高い、大きな氷の波だ。
あっという間に距離を詰めてきた冷気の波は、躊躇い無く襲い掛かってくる。
避ける事など到底出来ないサリッサは、己の身など後回しに、咄嗟に倒れたままのドールに走り寄り、庇う様に胸に抱いて伏せた。
波に呑まれれば氷のオブジェになる事は必然。いや、凍り付く前にあの鋭い刺で全身蜂の巣になるかもしれない。


