「…何のつもりか知らないけど…ドール。………そこを退いてくれよ…………………君も、邪魔をするのかい?」
ユノの低い声音が呟かれると共に、再び周囲に風が巻き起こる。
細かな氷の刃を孕んだ突風が、ユノの頭上でグルグルと旋回していた。
「……早く逃げなさい!可能な限り…何処でもいいから!……むざむざ死にたくないでしょう!?」
「………死、ぬ…?」
「この…馬鹿!分かってないわね!………あいつは、もう…!」
―――あんたの親友なんかじゃ、ない。
さほど強くはないが、それでも地味に痛いドールの蹴りが、呆然と佇んでいたレトの腹部に入った。
不意打ちに身構えていなかったレトは、そのまま後ろに尻餅をつく。
驚いて顔を上げれば、頭上から青白い氷の雨が飛来するのが見えた。
尖った先端が、真っ直ぐ落ちてくる。
ドールの大きく振るった鎚がその大半を跳ね返したが、幾つかは守備範囲から外れ、そのまま落下してきた。
…幸い、取りこぼした幾つかの刃は直撃せずに済んだが、幾つかはドールの腕を掠め、地に突いたレトの指の間に突き刺さった。
…間に立って、レトを庇うドールの華奢な腕から、鮮血が一滴、滴り落ちる。
ドールはまだ、足の傷が癒えていない。支えが無ければ満足に歩く事も出来ない筈だ。
こうやって自分を庇いながら鎚を振る事が、どれほど彼女の負担になっているのか。
彼女が血を流すのは、おかしい。
僕の、せいで。
「………ドール…」
「走りなさい馬鹿!早く!次に何か言ったら本気で怒るわよ!!……………………走れっ!!」
………僕、は。
ドールの凄まじい剣幕と、前方から注がれる憎悪の眼差しから逃れる様に…レトの足は無意識で、後退し始めた。
…一歩、また一歩。
身体は震えているが、着実に足は地を踏んでいる。
肩で息をするドールの背中越しに、ユノの赤い瞳と、目が合った。


