こんな状況で全く関係の無い事だが、思い切り顔をしかめてイブが冷たくそう一言呟けば…。
……その手に固く握られていた筈のクナイが、ポロリと落ちた。
「―――…っ……失礼、致しました…」
瞬間、弾かれた様にジンはイブから跳び退き、己が築いた血溜まりの真ん中で何故か三つ指を突いて深く深く頭を下げた。
…ついさっきまでの殺人鬼の如き仮面を被った男は何処へやら。
今目の前にいるのは、まるで妻に必死に侘びをいれている甲斐性無しの夫の様だ。
…一体何が彼の頭を下げさせているのか。若干、その背中は小刻みに震えていた。
積雪に額を埋める程土下座をするその姿は、呆れを通り越して、何だか泣けてくる。
「……あの…誠に、申し訳無い…」
「…別にー?仕方ないもんねー?それに一々怒るのも面倒臭いし。……それにあたし、あんたの事元々大っ嫌いだから、嫌いとか今に始まった事じゃないしねー」
「………あの…お怪我は…」
「怪我?怪我なんて無いよ。…て言うか、この可愛い乙女に怪我なんかさせていたら、あんた重罪だよ。死罪だよ死罪。あ、そう言えばさっきのでか弱い乙女心が傷付いたかも!えぐられた!イブちゃんのハートが!」
「………貴殿の……お、乙女心を…私は…!」
何かとてつもないショックを受けたらしいジンは、正座の状態のまま青ざめた顔をゆっくりと上げた。
凄まじい罪悪感から身体を震わせるジンだが、背後から飛び掛かったきたブロッディには容赦無くクナイを放ち、一撃で仕留めた。
…直後、大分静かになった谷底から、時間をかけてどうにか谷を越えてきたらしいリストが、二人に追いついてきた。雪と埃塗れの手が谷の険しい縁を掴むと同時に、リストの顔が現れる。
「……よっこら、せっと……クソッ…この谷、目茶苦茶深いじゃねぇか………おい、ジン…そこにいるんだろ…ちょっと手を貸して………って何やってんのお前!?」
驚くのも無理は無い。
ようやく登り詰めて見えてきた久方振りの地上。だがそこでリストが目にしたのは、静かに独り……クナイで切腹を試みようとしているジンだった。
誰か教えて。俺はもう奴が分からない。


