…飛び掛かって来た獣達に向かったのは、彼の握る鞭ではなく………ジンの背後から姿を現した、同じ獣の群れだった。
…第一波の獣が、二波の獣に向かって襲い掛かる。
ジンなど素通りで、彼の脇を通り過ぎて次々に同族達に牙を剥いていった。
…突如、仲間同士の不可解な殺し合いがジンの目の前で始まったのだ。
…ジンが擦れ違い様に獣に聞かせた奇妙な音色は、猛獣使いである彼の故郷の民族に伝わる、『逆の手』という殺法術の一つである。
獣の神経を刺激する、超音波に似た特異な音色を聞かせる事によって、一時的に獣の敵と見なす対象物を自分から外す事が出来る高度な術だ。
これにより獣は術者であるジンを味方であると誤認し、ジンを守るべく行動する。文字通り、逆手に取るのだ。
…だがしかしこの術は非常に難しい術で、動物ごとに奏でる音色が異なる。
多種の獣を操るには、予め音色を熟知しておかなければならない。…加えて多くの獣を相手にする場合は、幾つもの音色を擦れ違い様の一瞬で奏でなければならず、失敗すれば逆に凶暴化されたりと複雑で、命を落としかねない。
極めるには獣の知識と、身体能力、それに見合う経験が必要となる。
故郷の民族間でも一、二位を争う猛獣使いのジンだからこその、為せる技だ。
休む暇など無い。ましてや、休むつもりも無い。
鞭の柄を握り直し、両腕に闇を絡ませた。パシン、と軽く空気を打つと、そのまま殺戮の輪にゆっくりと歩を進めた。
あちらこちらから跳んでくる獰猛な口を避けながら、殺し合いや共食いを繰り返す血生臭い群れの中に入ると、ジンは鞭を勢いよく振るった。
宙に舞う鞭は弧を描き、空気を切り裂き…吸い込まれていくかの様に、一気に数匹の獣の喉、急所となる一箇所のみを掻き切った。
厚い体毛と皮膚を軽々と裂いた傷は、深い。
噴水の如く血飛沫が上がるのを見る間も無く、ジンは更に鞭を振った。
戦場の真ん中で、たった一人。一つのシルエットが、クルクルと優雅な動きで舞っている。
一回転するごとに、十の血飛沫が上る。
軽く跳ねれば、二十の屍が出来る。
宙で回れば、五十の悲鳴が聞こえる。


