亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~

音速を越える速さの鞭は、刃物と変わらぬ凶器と化す。

叩かれたと同時に、その身には赤を帯びた痛々しい線が刻まれ、裂けた肌から鮮血が散った。中には四肢を断たれた者もおり、支えを失って真っ逆さまに谷底へと落下していった。

…だが、払い落とせば次の群れが谷の縁に足をかける。
落としても落としても、上がってくる。数は無限ではない筈なのだが、はっきり言って終わりの見えない作業に思えてくる。
自分達がここに来るまでに、なんとか谷を越えて既に街に走って行った獣はかなりの数に違いない。
これ以上の数を、野に放つ訳にはいかない。




「………申し訳ありませんが………ここから先は、一歩足りともお通しする事は出来ません」


谷をよじ登ってきた大小の獣の群れが、行く手に佇むジンの手前で立ち止まった。
開けっ放しの口から涎を垂らし、牙を剥き出しにし、狂った咆哮を上げて目の前の邪魔物に飛び掛かった。



視界を覆い尽くす、猛獣の獰猛な口と爪。
互いの距離が零になる前の、一瞬の最中で。







「―――冥福をお祈り致します。御覚悟を」







ポツリとそう一言だけ呟き、胴の太い帯から何やら取り出すや否や…ジンは、地を蹴った。







十数匹はいるであろう獣の群れに、ジンは飛び込んだ。
雪と土に塗れた巨体の間を縫う様に擦れ違いながら……両手に握る、幾つかの小石の様な物を、手中で擦り合わせた。


…一見分からないが、その擦り合わせる動作は凡人の目では追い付けない程の速さであり、ただ擦るだけでなく時折指に挟んで叩いたりと、五本の指で複雑な音を奏でていた。



…小さいが、やけに耳にしつこく残る奇妙な音色。

ジンはそれ以上の動きは見せず、飛び掛かって来た獣の群れと擦れ違い、両者の立ち位置は入れ代わった。

着地し、立ち上がったジンの前には、たった今谷から登ってきた次の第二波の獣の群れ。

群れと群れに挟まれた状態となったジンに、今度は第二波の猛獣達が問答無用で飛び掛かった。


…対するジンは、特に慌てた様子も無く相変わらずの無表情。
静かに鞭を構えるジンだったが。