亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~



呆然とする二人だったが、不意に背後から聞き慣れた声が聞こえた。

「じっと見ている隙などありません、御二人共」

ハッとして振り返れば、そこには闇を纏ったジンが佇んでいた。
片手にはクナイ、もう一方には畳まれた長い鞭が握られている。同時に静かな殺気を放っており、もうしっかりと臨戦状態に入っている。

吹雪の中でも鋭く光る隻眼で前方に広がる谷の壮絶な景色をぐるりと見回し、ジンは独りで何やら頷いた。

「……街へ向かわせてはなりません。彼等の進路を出来るだけ妨げる事が我等の義務とみました。加えて…近々こちらにお出でになられる陛下の足を鈍らせる訳にはいきません」


しからば善は急げの一言に尽きます、と最後に呟くや否や…ジンの身体はあっという間に闇に包まれた。
夜の闇とは違う漆黒の靄が、風に乗って谷の向こう側へと吹き抜けていく。
…一先ずここはジン同様、うじゃうじゃと獣が蠢く谷を越えて向こう側へと移るしかない。よし、と気合を入れて“闇溶け”を発動し始めるイブの傍らで、リストは独り冷や汗を流した。

「……おい…ちょっと待て。“闇溶け”が出来ない俺にどうしろって言うんだ…」

特務師団長という高幹部だが、恥ずかしながら“闇溶け”が出来ないリスト。ここは自力で谷を越えなければならないが、並外れた己の力を最大限発揮しても…この距離は越えられそうにない。
今のところ術が無いリストに、イブはボソリと「…お荷物」と呟きながら苦笑を浮かべ、我関せずとばかりに全身に闇を纏った。

「まあ、頑張っちゃえば?」

「どう頑張れって!?……おい!!」


癇に障る高笑いを最後に、イブはさっさと目の前から姿をくらました。

残されたリストは眉をひそめて小さく舌打ちをすると、勢いを付けて谷底に飛び降りた。
…猛獣共がひしめく場所に飛び込む事は危険でしかないのだが……それは承知の上だ。








いち早く谷の反対側に移動したジンは、地に足を付く前に目下に向かって鞭を振るった。

長く尾を引くそれは光速の動きで宙を切り裂き、谷底から這い上がってきていた数匹の獣を叩き落とした。