純白の大地を、純白の獣の群れが駆け抜けてくるその光景は、まるで大きな雪崩の様だった。
惜し気もなく殺気を放つ雪崩。
一度呑まれてしまえば、残るのは食い荒らされた死体か。それとも、骨の端さえも残らないのか。
…いずれにせよ、それでおしまいだ。
深い谷が覗き込める崖淵に沿って、横にも縦にも幅を利かせた獣の雪崩が疾走していた。
一丸となる彼等の獰猛な目が見詰める先には、谷を越えた先の、点在する人里。
禁断の地と街の境界線となっているのが、この深く大きな谷だ。
落ちてしまえばまず助からないと言われているこの谷を越えるには、距離はあるが迂回するのが確実である。
人も獣も、谷を避けて行くのだが…この夜は、違った。
狂った獣達は、恐怖心を何処に置いてきたのか…災いによる飢えをただ満たすためだけに、即死する深さの谷に向かって飛び込んでいるのだ。
当然、それは単なる投身自殺でしかない。
だがしかし、底の見えない暗い谷を覗き込めば、そこにはまさかの異様な光景が広がっていた。
「……うわぁ…」
「………凄いな…」
息を呑むイブとリスト。谷淵から見下ろす二人の目には……何処かで誰かに聞いた、地獄の様な光景だった。
この深い谷の壁には、凍てついた木々の根と思われるものがあちらこちらにあり、互いに絡み合って蔓延っている。
誤って落ちた動物が、よくそれらの根に引っ掛かり落ちずに済んでいる事があるのだが。
…今……その谷の壁一面に、爪を立てた獣がびっしりと張り付いているのだ。
加えて谷底は、重なりあった大小の猛獣でいっぱいだった。この国にはどれだけ動物がいるのかと思われる程の数だ。
ここ数日間の異例の猛吹雪により、谷に大量の雪が積もっていたらしい。そんな条件も重なり、今夜のこの谷は獣で満たされる事となった。
落下してそのまま即死した仲間達の亡きがらを平然と足場にし、人里のある向こう側へ向けて険しい谷を登って行く獣達。
地獄からはい上がっているかの様な壮大な景色に、言葉が出ない。


