「…まさかこの目が、大いに活躍する機会が来るとはな…」
「………存分に働け」
「年寄りに言う台詞ではないな」
やれやれと苦笑を浮かべる神官の目の前に、突如数匹のブロッディが雪中から現れた。
真っ白で獰猛な雪の塊が、尖らせた牙を剥き出しにして飛び掛かってきたが………その鋭利な爪はか弱い老体に触れる事なく、寸前で、細かな肉塊と化して吹き飛んだ。
静かに瞬きをする神官の前には、いつの間にやら大きな背中が一つ。
返り血を一滴たりとも浴びていない白いマントを羽織った大男は、巨大な片刃の剣を肩に抱え、低い低い唸りに似た声音で呟いた。
「………………禁断の地が今、どうなっているのか………見えるか、神官…」
そこにいるだけで強大な威圧感と存在感を放つ大男…長老は、飛び付いてきたブロッディの頭を片手で掴み、そのままあっという間に首の骨を捩曲げた。
…ゴキンッ、という鈍い音が鳴り響く。
息絶えた生暖かい死体を放り捨てれば、他のブロッディ達は恐れをなしたのか…呻きながらも耳と尻尾を情けなく垂らし、後退していった。
「…言われなくとも、とっくの昔にあちらを見ようと試みているのだがね……駄目だな。…出所不明の分厚い魔力の壁が一帯を遮っていて……この千里眼も、形無しだ」
「………」
神官曰く、弧城のある辺りは、絶え間無い猛吹雪が集中しているらしい。美しい一筋の月明かりが城に降り注いでいるのが見えるだけで、後は朧げな光景だ。
…今夜は、創造神アレスのお告げにあったという運命の夜だ。
新しき王の誕生の際には、『祝福の光』と呼ばれる長い長い光の柱が天に昇ると聞いていたが………どういうことだろうか、一向にそんな神々しい光景は訪れない。
…この目覚めの災いが続いているのも、恐らくそのせいだろう。
……あの弧城で…何か、あったのか。
「…まぁ、大丈夫さ。……………あの子には…神々がついていらっしゃる」


