刃で身を貫く様な…いや、実際に貫いているのだが、猛烈な痛みと短剣の冷たさでようやく冴えた意識の中、大地が激しく揺れていることに気が付いた。


…地震?
一体、いつからだろうか。ちょっと意識が飛んでいる内に……状況は驚く程、しかも予想外の方向に跳躍しているらしい。


…これは、まずい気がする。とにかく、まずい気がする。


現状把握に頭が追われるが、その頭は今、残念ながら使い物にならない。

…寝起きの延長線上の様な頭は、まだぼんやりとする。

くらくらする。








未だかつて、感じたことの無い凄まじい空腹が、込み上げてくる。


腹など空いていない。だが、身体は、頭は、意味の無い空腹を訴える。
絡み付く、どうしようもない様な飢えがあまりにも欝陶しくて………左手に刺した短剣を、更に深く減り込ませた。

この自虐的な痛みだけが、今は飢えから逃れさせてくれる。己の中で葛藤する飢えと痛みに耐えながら、なけなしの理性で声を振り絞った。絞りあげ、ようやく滲み出た自分の声は、赤の他人のものではないかと疑ってしまうほど酷く掠れていた。





「―――……おい…じゃじゃ、馬…………まだ、正気か…?」

「………………何、よ…それ…………あた、しは…最初から……正気そのものですよーっだ……」

すぐ傍らから返ってきた声も自分と同様、それはそれは苦しそうに短調な呼吸を繰り返し、堪えるように歯ぎしりをしているようだった。時折咳き込むその声に、自然と笑みが浮かんだ。


「………そんな…生意気な口が利けるんなら………間違い、なく…正気だな。………チッ…あーこのっ……痛えな……!」

忌々しげに短剣が突き刺さった左腕に目をやるが、自分で刺しているのだから悪態を吐いても仕方がない。こうでもしないと……馬鹿になってしまいそうだ。




この凍てついた城の奥にある、とある個室。昔は応接間として使われていたのだろうか、寝室にあるものとは違う家具が残る、広くも狭くもない部屋だ。
閉ざされた空間の中、埃だらけの絨毯に這いつくばるようにして……イブとリストは、なかなか言うことを聞いてくれない己の身体を起こそうとしていた。