広がるのは闇ばかり。
空虚な硝子玉が映すのは闇ばかり。
耳にするのは物言わぬ闇ばかり。
垂れた指が触れるのは闇ばかり。
静かだ。
ここは、暑くも寒くも無い。
温度というものが、無い。
この場所の空気がそうなのか。
それとも。
ただ単に、己が何も感じていないだけなのか。
無い瞼をそっと開けば、そこには何も無い漆黒しか存在していないのだが。
その闇の中に孤立する蜃気楼の様な、手を伸ばしても掴めない『世界』をぼんやりと眺める。
霧状の濁った空気の中に、半分に欠けた、光る半円が見えた。
青白い輝きを放つそれは、時の経過と共に弧を描きながら、次第に上昇していくのが見える。
それは、見慣れた風景。何の変哲も無い、ただの半円。
闇の中で威風堂々と構え、王座に居座る…夜の帝王。………太陽に怯える、ただの、月。
だがしかし。
この時、この一瞬見えるあの半月は。
この夜だけは、どうやら特別な扱いを受けている様だ。
この夜だけは、理不尽な全知全能の神が、あの月を介して己の慈しむ箱庭を見下ろしているらしい。
あの神は、実に頭のおかしい神だ。
箱庭を愛でていると思えば。
少しでも汚れてしまえば、あっさりと壊そうとする。
箱庭の中の命にとっては、なんと理不尽極まりない神なことか。
だがそれも、自分には関係ない。
あの箱庭が砕けようが、消えようが、知ったことではない。
『―――…貴方様も、あの神と同類なのでは?』
微笑を添えた呟き声。生意気に言葉を話すその者はいつからか……そこにいる。
ああ、煩わしい。
……のくせに、言葉を話すなど。
同類だと?笑わせるな。
“―――予ハ、奴トハ、違ウ”
厳かな響きに満ちた、頭に響く声を呟けば、その者は生意気にも笑みを漏らした。