謝りたい事って、何だろう。
……何…?
…何なの…?
………父さんは、何も悪いこと、してないよ。
平静を装っているつもりだけれど………声の震えは、どうしても隠せない。僕が泣くと、父さんは凄く困るから。すぐ心配するから。
だから、泣きたくないのに。
気配を殺すことは出来ても、この情けない声は、殺せない。
泣かないって、難しいな。
とっても、難しい。
小刻みに震える父の身体に、小さな雪が降り立ち…次第に、厚みを増していく。
真っ白な海に溶け込んで、見えなくなっていくのが、嫌で。
震える唇を噛み締めながら、父に積もっていく雪を払いのけた。
すぐ耳元で、父の掠れた吐息が聞こえた。
「……………………私、は………ず…っと………お、ま…えに………隠し、て、いた…んだ……」
「………うん…」
「…お前…の………………母、親…は……………………私の…せ、いで……死ん…で………しまった、ん…だ…」
途切れ途切れの父の声が語るのは、今まで一度も聞いたことの無かった…互いの間で故意に避けられていた、今は亡き、母の話だった。
母というものの存在は知っていたが、耳に聞くばかりの存在は実感が無かった。どうしても拭えない虚無感から、小さい頃は知らない我が母の姿や声を自分なりに少しでも脳裏に描きたくて、父にあれこれと尋ねたものだった。
でも、父はあまり語ってはくれなかった。
母の名前と、自分がよく母に似ているということ。それだけ。それが、父が教えてくれた母の事。
それ以上、僕は、聞かなかった。
だって、父さん。
凄く、寂しそうに笑うから。
どうしてか分からないけれど、母の話をする時、父さんは…僕を見てくれないから。
父さんが、悲しそうだから。
僕も、悲しいから。
母さんの話をしないことが、普通になった。


