男の目はザイを見ているが、生気の無い濁った眼球はこちらの動きを追いきれていない。
それでもザイの素早い攻撃を防ぎ、機敏な動きを見せるのは、恐らくあの魔石のせいだ。
ザイを見て、戦っているのはあの男ではない。
石だ。魔石が、こちらの動きを見て男を操っている。
男の左手が握る石は、まるで目玉の様に、黒々とした光を放ち続けている。
…魔力も知恵もある石。強大な力を持つ石ほど、人間並みの知恵を持っているのだ。
魔石に、こちらの動きや考えを悟られぬ様にしなければならない。慎重にいかなければならない。…だが。
(………石などに……………私の…人間の、考えなど……分からぬだろうよ…)
人間は、単純ではない。
複雑だ。人間の考える事ほど複雑で、読めないものは無いだろう。
分かる筈が、無いさ。
石などに。
私の、戦う理由、意味……覚悟たる、ものが。
一瞬で互いの間合いを詰めると、速度を緩めること無くザイは男の背後に回り込んだ。
蹴り上げられて周囲に舞い上がる雪の粉末が、やけに遅く見える。
目の前に映る男の血だらけの逞しい背中に剣の切っ先を向け、真っ直ぐ、貫く勢いで伸ばした。
…が、同時に男の背中が視界の端に消え、ザイの刃は何の障害も無い空虚を突く。
機敏な動きでザイの突きを躱した獲物の姿が遠ざかった直後、金属の鈍い音色と…腕に一瞬の衝撃。
いつ振り下ろしたのか、空を切る男の大きな剣が、ザイの剣を中央辺りから砕いていた。
銀色の細かな破片が、うるさい吹雪に混じり合う。
いとも容易に折られた。
だから、どうしたというのだ。
ザイは全く動揺することも無く、むしろ想定の範囲内であるかの様に表情一つ変えず、直ぐさま代わりの剣を抜いた。
折れた剣が、足元に突き刺さった。
「―――っあああああ!」
身も、この闘志までもが熱くなる戦いなど、未だかつて、あっただろうか。


