亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~


頭上から細長い影が落ちてきたと同時に、ザイはサリッサを脇に抱えて跳躍していた。

…直後、今の今まで二人がいた場所に、大振りな剣が叩きつけられた。
鈍い大音響と積雪が辺りに散布する。

振り向けば、そこには片手で剣をゆっくりと引き上げる…表情の無い表情の男の姿があった。正確に言えば、生気が無い。死んだ人間の顔だ。微かに開いた唇からは不気味な笑い声が漏れているが、それは、儚い。

最早、石によって生かされているだけの、狂気に塗れた死人でしかなく。



―――可哀想に。


少し崩れた城壁の影にサリッサをそっと下ろし、ザイは何故かおもむろに羽織っていたマントを脱ぎ出した。

「……サリッサ殿、すまないが…少し、預かっていてくれ」


汚れた我が身を隠すのは、もう終いにしようと思うのです。




間を置いて戸惑いがちに開いた彼女の口から言葉が紡がれる前に、ザイはそう言ってマントを無造作に足元に落とした。
大きな、純白のマントだ。滅多な事が無い限り、その身から片時も離さない、そのマントを。

普段は隠されていて分からなかったが、ザイの背中や腰、手足には数えきれないくらいの大小の剣がずらりと…まるで主を守る鎧か何かの様に並んでいた。
妖しく、鋭利に光る刃に包まれたザイ。そのどれもが、過去に蝕んできた命の赤色を帯びていた。

まるで彼は、大きな剣そのもの。狩人の象徴である白きマントは、刃という己を覆う鞘の様で。



雪国の戦士とは、何故、かくも鋭いのだろうか。


サリッサの視線に背を向け、ザイは改めて…この、男…死して尚踊り狂う人形に向き直った。
光の無い、虚ろな眼球が、ザイをぼんやりと映す。……視線を交わせば、男はにんまりと笑った。



「―――悪いが、時間が無い」








貴様と私の小競り合い如きで、ようやく目を覚ましたこの国の歩みを止める訳には、いかないのだから。








…一度だけ剣を握り直すと…ザイは、地を蹴った。