亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~

「…貴女は守られて当然だ。………貴女の頼みから始まり、私達はここにいる。………守るのは、我々の役目だ…」

「…でも、私も……私も、あの子を守るためにここまで来たんですっ…!だって私……あの子の母でしょう?……あの子がどんなに私を嫌っていても……私は、母です。………あの子は、ずっと苦しんでいます。助けてあげたいけれど…私は、あの子の身代わりにはなれない…!………だったらせめて…こんな時でも………この身が少しでも……盾にでも、なれれば…」

時間稼ぎ、囮、捨て駒、何でもいい。何でもいいから。

役立たずな私が、少しでも役に立てる方法を。







己の不甲斐なさに汚れ役を買って出ようとするサリッサの、涙で溢れた目は本気だった。
静かに短剣を握り直す華奢な手は、震えが止まる気配は無い。


その手が鞘を抜くのは、初めてだっただろう。

人に向けたのは初めてだっただろう。

人を刺したのは初めてだっただろう。

刃諸とも、赤く染まったのは初めてだっただろう。




言い知れぬ、己の恐怖。

自己嫌悪と、罪悪感に苛まれる彼女の身は、きっとその恐怖に耐えられる筈が無いのに。

それでも、この一人の母親は。



















守りたい者を守ろうとする者の姿は、なんて。
























(―――………臆していた、のか……私は……)



















「………サリッサ殿」

…そっと、ザイの手がサリッサの短剣を取り上げた。
そしてそのまま、地面に深々と突き立てた。
柄の部分まで積雪に埋もれた短剣には、絶え間無く降り積もる雪が被さっていき、あっという間に見えなくなった。

…訳が分からず、不安げに見上げてくるサリッサに…ザイは、低い声音で、呟いた。











「―――…貴女は、貴女自身のためにも…そして王子のためにも………これ以上、手を汚すべきではない」


どうか、綺麗なままで。

私とは違う、そのままの貴女で。