亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~


「―――………何処、からデてきた……女…」


刺されている事も構わず、男はそのまま身体を捻ると、勢いよくサリッサの横面を叩いた。

「―――…っあ…!?」




叩いた、と言うよりは殴ったと言うべきか。男の容赦無い剛腕の鞭に、非力なサリッサの身体は数メートル離れた箇所に吹っ飛ばされた。

厚い積雪がその衝撃を和らげるものの、ダメージは大きい。
意識が飛んでもおかしくない程だったが、辛うじで…しかし小刻みに震えながらなんとか身体を起こすサリッサ。
打たれた横面は赤く染まり、口の中を切っているのか、唇の端からは鮮血が滲み出ていた。

男は胸に突き刺さっている短剣を無表情で引き抜き、サリッサの傍らに放り投げた。






「………オレ、の心臓は…ここ、じゃ…ねぇよ………惜し…かったな…!………ハハハハハ…!?」

再び男の下品な高笑いが響き渡る中…刺されたせいでぽっかりと空いていた細い風穴が…なんと、見る見る内に塞がっていくではないか。
…これも、魔石の力だというのか。

あの忌ま忌ましい石さえどうにかすれば…こんな男など…。




男の意識がサリッサに向いている間に、ザイは有りったけの力を振り絞って男の手を払いのけた。
解放されるや否や素早い身のこなしで男の脇を通り抜け、直ぐさまサリッサの元に駆け寄った。

男は何やら呻き声を上げながら、意味も無く空を見上げている。




「…サリッサ殿!…大丈夫か?………無茶な真似を…!…あの男は危険過ぎる……隠れていろ、と言ったでしょう…!」

上体をゆっくりと起こす彼女の身体を支えながらも、怒気を孕んだ声でそう言えば……ごめんなさい、という弱々しい答えが返ってきた。


「…すみ、ません……ごめんなさい………でも、でも…私…」

震えながら言葉を紡ぐ彼女の目下の積雪に、一滴、また一滴、透明な水滴が落ちていく。

泣き顔を見られまいと俯くサリッサは、傍らに無造作に投げ捨てられた護身用の短剣に手を伸ばした。

「………私だけ…なんですもの。…私だけ………何のお役にも、立てないで……私だけ………………守られて、ばかりで…」