潰れそうな喉で、懸命に細々とした呼吸を繰り返す。
だが体内に取り込める空気は限られていて、すぐにザイの意識は薄らいできた。
頭がくらくらする。高笑いする男の醜く歪んだ顔が、次第にぼやけてきた。訳の分からない喚き声や騒音が、何処かへ遠ざかっていくかの様に聞こえなくなっていく。
…これは、まずい。
嫌な兆候だ。
…身体の力が抜け切る前にと、ザイは首を掴む男の腕になんとか両手を持っていった。
男の手に爪を立て、どうにかして剥がそうとするが……もはや痛みなどこれっぽっちも感じていないのではないだろうか、男の手はびくともしない。
馬鹿力の、狂人め。………ああ、このままでは。
どう足掻いても辿り着いてしまう最悪な結末が脳裏を過ぎった、その直後だった。
ザイの首を掴む男の手が、僅かに緩んだのだ。
霧中の様に既に霞んでいたザイの視界には、何故か自分の後ろを振り返る男の姿。…後ろに、何があるというのだろうか。
力が緩んだと同時に、ザイの意識もはっきりとしてきた。
少しずつだがクリアになっていく周囲の景色。
その時、回復していくザイの眼球は、予想外のものを捉えた。
…後ろを振り返ったまま何故か微動だにしない男の、その背中には。
「―――……サ…リッサ……殿……!?」
…大柄な男の背中に震えながら短剣を深々と突き刺していたのは、紛れも無く、彼女…サリッサだった。
護身用として持ち歩いてはいたが、まだ一度も使った事も無ければ鞘から抜いてもいなかった、サリッサの小さな白刃。
美しい装飾の短剣はまだ血肉の味も知らない筈だったが、たった今、その味を知った。
「………っ…」
首を後ろに捩って見下ろしてくる男の恐ろしい威圧的な視線に耐えながら、サリッサは更に腕に力を込め、短剣を減り込ませた。
小さいといえども切れ味は良く、短剣はいとも容易く男の身体を貫いた。厚い胸板からその血に染まった切っ先が生えるのを、ザイは正面から見ていた。


