亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~

暗過ぎるこの空間では自分の手の色や輪郭は疎か、椅子の下から取り上げた物が何なのかも分からないが、長老の老いた眼球にとっては、明暗など関係無いらしい。

少し固い、しかし薄っぺらのそれは筒状に巻かれたもので、ご丁寧に紐までくくりつけてある。


まだ一度も紐を解かれていないらしいそれを、長老は無言で見下ろした。

木の皮で作られているらしいそれは、この国では貴重な、紙。あまり滑らかとは言えないその表面をそっと撫でた後………固く結ばれた紐を、指先で摘んだ。








これは、手紙だ。

あの男からの、文。

もう顔も見たくない、名を聞きたくもない、あの男からの。



神官には捨てておけと言っておいたのに。
未練がましく…しかも私の居場所の傍らに残しておくなど。



………。















あの男は、裏切った。


全てを、捨てた。同士達の顔に泥を塗った。

神官を裏切った。


私を裏切った。





あの男は、もう赤の他人。
ただの罪人。

汚れた人間。

禁忌を犯した愚かな…。











…あの男は…あれは………………一度も、私と話そうとしなかった。簡単な受け答えはあったが、それだけだ。

目を合わせることはあっても、それだけ。
私とよく似た色の幼い眼差しは、私を映すだけで。
固く結ばれた唇が開くことは、一度たりとも無かった。


元々私自身も、奴と話す事など考えておらず、ただその成長を神官から聞くのみ。

奴が何を考えているのか、何を悩んでいるのか。


何を、欲しているのか。



そんなことは、考えたことも無く。






考えるようになったのは、奴が私の手から離れていった後だ。

奴はこちらの言葉を聞いてはいたが、聞いてなどいなかった。


赤子の声を、聞いていた。

赤子だけを見ていた。






話もせず凝視してくるだけだった奴の目は、とうとう、私を映さなくなった。

それが今更、何の用だと言うのだ。


端を強く引っ張れば、文の紐は、はらりと床に落ちた。