暗過ぎるこの空間では自分の手の色や輪郭は疎か、椅子の下から取り上げた物が何なのかも分からないが、長老の老いた眼球にとっては、明暗など関係無いらしい。
少し固い、しかし薄っぺらのそれは筒状に巻かれたもので、ご丁寧に紐までくくりつけてある。
まだ一度も紐を解かれていないらしいそれを、長老は無言で見下ろした。
木の皮で作られているらしいそれは、この国では貴重な、紙。あまり滑らかとは言えないその表面をそっと撫でた後………固く結ばれた紐を、指先で摘んだ。
これは、手紙だ。
あの男からの、文。
もう顔も見たくない、名を聞きたくもない、あの男からの。
神官には捨てておけと言っておいたのに。
未練がましく…しかも私の居場所の傍らに残しておくなど。
………。
あの男は、裏切った。
全てを、捨てた。同士達の顔に泥を塗った。
神官を裏切った。
私を裏切った。
あの男は、もう赤の他人。
ただの罪人。
汚れた人間。
禁忌を犯した愚かな…。
…あの男は…あれは………………一度も、私と話そうとしなかった。簡単な受け答えはあったが、それだけだ。
目を合わせることはあっても、それだけ。
私とよく似た色の幼い眼差しは、私を映すだけで。
固く結ばれた唇が開くことは、一度たりとも無かった。
元々私自身も、奴と話す事など考えておらず、ただその成長を神官から聞くのみ。
奴が何を考えているのか、何を悩んでいるのか。
何を、欲しているのか。
そんなことは、考えたことも無く。
考えるようになったのは、奴が私の手から離れていった後だ。
奴はこちらの言葉を聞いてはいたが、聞いてなどいなかった。
赤子の声を、聞いていた。
赤子だけを見ていた。
話もせず凝視してくるだけだった奴の目は、とうとう、私を映さなくなった。
それが今更、何の用だと言うのだ。
端を強く引っ張れば、文の紐は、はらりと床に落ちた。
少し固い、しかし薄っぺらのそれは筒状に巻かれたもので、ご丁寧に紐までくくりつけてある。
まだ一度も紐を解かれていないらしいそれを、長老は無言で見下ろした。
木の皮で作られているらしいそれは、この国では貴重な、紙。あまり滑らかとは言えないその表面をそっと撫でた後………固く結ばれた紐を、指先で摘んだ。
これは、手紙だ。
あの男からの、文。
もう顔も見たくない、名を聞きたくもない、あの男からの。
神官には捨てておけと言っておいたのに。
未練がましく…しかも私の居場所の傍らに残しておくなど。
………。
あの男は、裏切った。
全てを、捨てた。同士達の顔に泥を塗った。
神官を裏切った。
私を裏切った。
あの男は、もう赤の他人。
ただの罪人。
汚れた人間。
禁忌を犯した愚かな…。
…あの男は…あれは………………一度も、私と話そうとしなかった。簡単な受け答えはあったが、それだけだ。
目を合わせることはあっても、それだけ。
私とよく似た色の幼い眼差しは、私を映すだけで。
固く結ばれた唇が開くことは、一度たりとも無かった。
元々私自身も、奴と話す事など考えておらず、ただその成長を神官から聞くのみ。
奴が何を考えているのか、何を悩んでいるのか。
何を、欲しているのか。
そんなことは、考えたことも無く。
考えるようになったのは、奴が私の手から離れていった後だ。
奴はこちらの言葉を聞いてはいたが、聞いてなどいなかった。
赤子の声を、聞いていた。
赤子だけを見ていた。
話もせず凝視してくるだけだった奴の目は、とうとう、私を映さなくなった。
それが今更、何の用だと言うのだ。
端を強く引っ張れば、文の紐は、はらりと床に落ちた。


