亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~



「…長老、どうなさるおつもりかね…?………貴方が何も言わなければ、私達は何も出来やしないだろう?………このまま夜が更けていく様を眺めているか、もしくは………………小娘の頼みを、聞いてやるのかね…」

急かされている訳ではないが、地味に答えを求めてくる神官の声。
彼の言葉が背中を撫でると同時に、今にとってはもう既に過去の記憶と成り果てた………賢者の如きあの女王の憎らしい言葉が、あぶり出した様にじんわりと浮かび上がる。

















『―――貴殿らには、神の罰に抗ってほしい。………民の命を、救って頂きたいのだ』





















「神官、少し黙れ…」


低い声音でそう呟くと、長老は大きな身体をゆっくりと起こし、立ち上がった。
抜き曝した剣を肩に背負い、神官の逸らされない視線を背に受けたまま、長老は無言で巨大なアルテミスの幹の穴に身を隠した。

凍てつく寒さの吹雪に塗れた外から一転。
神木の中に入ればそこはひんやりとした空気と物言わぬ闇が住まう空間。そこだけ次元が狂っているのではないかと思うほど、そこは広い。

その奥へ、奥へと、長老は歩を進める。


漆黒の世界の最奥にあるのは、いつも自分が腰掛けている、木製の大きな椅子。
簡素な作りで出来た質素なものだが、それは王が座る玉座と同じ品格と、奇妙な緊張感を具えている。



黒一色に染まった空間では、椅子を探すにもほとんど暗中模索の状態なのだが、長老の足は躊躇いも無く進み、極自然な動きで椅子に腰掛けた。




自分の居場所に腰を下ろしてから、数秒の間を置いて。

長老は、大きく息を吐いた。
空気と共に吐き出したのは、疲れや苛立ちではない。

では一体何なのかと問われても、答えようの無いものなのだが。






「………」

















肘掛けに預けていた大きな彼の手が、ゆっくりと椅子の下に伸びる。
床は何処も滑らかな平面で、氷の様に冷たい。

その中で厚い皮に覆われた彼の指先が、何かを掠めた。指一本で器用に引き寄せ、目の前にまで持って行く。