遠く遠く。
遥か遠くの北の大地。
降り止まぬ吹雪と静かな沈黙を貫くそこは、人を拒む土地。
神が守る地。怒れる神の使いが住まう城。緑の者が、眠る場所。
…外界から切り離した様な、そんな孤立した別世界に……渦巻く黒い風が見える。
視界は悪く、そこで何が起きているのかは分からない。
だが、良くない事だというのは確かな筈だ。
荒れ狂う雪に、黒い魔力、天から見下ろす大きな魔法陣に、地を揺らす白の神の気配。
嫌な事が起きている。
嫌な予感しかしない。
ああ、本当に…今夜は…。
「………今夜は、冷えるぞ…」
傍観者、というものは、楽ではない。
見る事と、見えてしまう事は、まるで違う。
見たくなくとも、私は千里眼を持つ者。持つ者として、この国を見なければならない。
それがどんなに醜いものでも、何でも。
「―――…いつまで、そうやってだんまりを続けるつもりだね、長老。………あの小娘ならば、当の昔に姿をくらましたではないですか…」
…言いたい事だけ言って、ね。
含み笑いで神官が声をかける。だが、神木アルテミスの前で腰を下ろしたまま微動だにしない長老の背中は、無言を返すのみだった。
被ったフードや広い肩、ずっと握り締めて地に突き立てたままの剣には厚い雪が積もっていたが、掃う気配も無い。
ただ、長老は地に座ったまま、俯いていた。
その沈黙は逆に不気味で、迂闊に近寄れない様な空気を醸し出していた。故に、ここら一帯を守備していた狩人達は、恐れ多くて誰も近寄れないでいる。
唯一、神官だけが。
…一歩離れた場所で、我が主の大きな背中を眺めていた。
ローアンがこの場を去ってから、まだ半刻も経っていない。


