亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~


ブロッディ、という名だったか。
雪と同色の白い体毛を纏った大きな野犬が、数十匹の群れをなしてそのままこちらに飛び掛かってきた。
激しい食欲に襲われた猛獣達の血眼は、今やジンしか映していない。恐らく群れで狩りをする獣なのだろうが、そんな習性も完全に無視し、己の欲を満たすためだけに個々で動いている。

その群れは前方からジンの視界いっぱいに迫り、距離を詰めてきた。



牙を振るう獰猛な白い雪崩。
向かってくるそれらに対し、ジンは酷く落ち着いた様子で…ゆっくりと、歩き始めた。


開いた獣の口に自ら進んで歩み寄るジンの、自殺行為にしか見えない動き。
武器も持っていない手ぶらな彼の両腕は歩く度にゆらゆらと脇に垂れていたが、不意に利き腕である右手は、真横の壁の如き高い崖の肌を、削った。

厳しい寒さで凍てついた固い土壁に手袋で包まれた指を食い込ませ、一握りの冷たい砂利と細かな氷を掴んだ。

そしてそのまま…ジンは、勢いが絶えず疾走するブロッディの群れに、身を投じた。





ジンの姿が、白い獣の雪崩にのまれた。

群れにのまれたら最後、四肢は引き裂かれ、骨さえもかみ砕かれ、人間の原形を止めていない、死骸さえも残らぬ末路を迎えるのが決まった落ちだ。
純白の大地にはそこだけ血溜まりが生まれる…筈なのだが。


狂ったブロッディ達の足元は、目を引く赤の一点も見出だせない、ただの純白のままだった。









その群れの中に、ジンはいた。

牙を向けて飛び掛かってくる犬達を最低限の僅かな動作で紙一重で避けながら、群れの中を縫う様に歩いていく。

ブロッディからすれば、食事にありつけると思ったが直後、獲物のジンはいつの間にか背後を歩いているという始末だ。



砂利を握った手を軽く振りながら、ジンは前へ前へと歩く。
前進する。



群れの最後尾にいた最後の一匹のブロッディを避け、避け続けた群れを見るべく、ジンはくるりと振り返った。