ちょっと前までは雲の向こうで頭上からこちらを見下ろしていた筈の日が暮れ、あっという間にこの国にとっては運命の夜となり始めた頃。
広大な空に我が物顔で幅を利かせた厚い雪雲により、神からのお告げの弓張月とやらの姿は見えないが…恐らく既に、昇っているのだろう。
…“時”が、迫っている。
この大地に張り詰めた緊張感。
まるで二年前の祖国の歴史を、再び目にしている様だ。歴史書に新しく刻まれたあの激しい戦争には、ジン自身は何の介入もしていない。ただの傍観者として、故郷の村民等と世の行く末を見守っていた。
あの時は嵐の前の静けさと言う様に、夜になるまで国全体がしんと静まり返っていたものだった。
だが、ここは祖国ではない。あの時とは違う。
ここは、異国。
己の常識が通じない、未踏の地。
“目覚めの災い”とやらが既に生じているこの国での嵐の前は、どうやら嵐でしかないらしい。
止まぬ吹雪に塗れた城までの道中、例の神による災いによって一向に満たされぬ食欲から狂気と化し、食えると認識すれば敵味方構わず喰らおうとする獰猛の域を越えた獣達が、一体何処から降って湧いてくるのか……これまたわんさかと現れ、先を急ぐジンの前に立ち塞がってきた。
ジンは“闇溶け”で姿も気配も消しており、そんな狂気の群れを通り越すことなど容易いのだが………それらが皆、大小の街がある人里に疾走しようとしているものだから…簡単に無視は出来ない。
飢えた獣達は今、人間のいる街を襲撃しようとしている真っ只中だ。彼等を止める術は、今のところジンには無い。…相手にするには多すぎる。
この件は、狩人に直々に会いに行っているローアンに任せるしかない。ジンに出来る事といえば、とりあえずこうやって道中で出くわした獣達だけでも一掃する事くらいだ。
(―――…煩わしい)
“闇溶け”を解いて表に姿を現すや否や、途端に襲い掛かってくる獣の群れに目を走らせ、誠に遺憾、と愚痴を漏らす。


