亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~


ヨルンの獰猛な目は、天敵に狙われている事に気付いた獣のそれと同じだった。
これはいけない…と、一瞬の焦燥に駆られて矢を放ったが、あの一秒にも満たない僅かな時間で狙い処を読まれていたらしい。
ヨルンとの距離は本の数メートルと至近距離であったため、鋭い氷の矢は渦巻く魔力の風にのまれること無く直線を引いたが、矢が届く前にヨルンの全身は一瞬にして霧状と化した。

気化した濃霧の如き巨体をレトの矢は虚しく貫き、視界の外へと消えた。



霧の中に見える灯の様な、二つの見開いた黄金色の眼球が一瞬表に現れたかと思えば、大地を震わせる低い唸り声が辺り一帯に響き渡った。

高低の周波が入れ混じった不快極まりない咆哮に、レト達は思わず耳を塞ぐ。矢の様に耳をつんざくエコーの歌声とは違い、こちらは鈍器で頭を殴られているかの様な目眩を覚えた。
空気は大きく歪み、見えない音の津波となり…。




それが、極め付けだったのか。

…直後、硝子が粉々に割れる音と酷似した不可解な音色が聞こえ、何事かとそちらを見遣れば………美しい模様を描いていた、しかし光を完全に失ったノアの魔法陣が、崩れ落ちる様が見えた。





粉砕した魔法陣は半透明へ、そして限りなく透明な幻影と化した。







自由を得た白の神は、狂気に満ちた奇声を天に向かって放ち…。




上空に高々と飛翔したかと思うと、原形を止めていない濃霧の巨体は、吹雪に塗れてあっという間に散逸した。

姿は疎か、気配さえも、消え失せた。





「―――ヨルン!!………っ…!?」


ノアの悲痛な叫びは、途端に上空から吹き付けてきた突風の嵐に無情にも掻き消された。


先程までの突風とは桁外れに違うこの強烈な風は、止まない。

そして、一難去って……また一難。






その場にいる全員が、じわりと忍び寄る異変に気が付いた。

「………何?」

「…地震…?」

「………」