私の。
私と、あの子の。
二人の、思い出の中の。
『―――ねぇ、ノア。この子の名前、ヨルンにしましょうよ』
「―――ノア…!!」
懐かしくて、曖昧で、いつ消えてもおかしくないけれど、消えてほしくない朧げな記憶に澱んでいた意識は、レトの鋭い声によって一瞬で引き戻された。
ハッと我に返ったノアの目に映ったのは、遠い記憶の中にいたまだ小さな白い蛇の姿ではなく。
…血肉を求めて唾液を垂らし、狂気染みた咆哮を上げながらのたうちまわる巨大な怪物だった。
長い身体で地を叩き、石畳みを削る荒々しい動作は激しく、粉雪と砂埃が同時に舞い上がり、視界が更に悪くなっていく。
…その途端、ヨルンの進行を防いでいた魔法陣の神々しい光が、何故だろうか……急に瞬き始め、風前の灯の様に弱々しく揺らぎだした。
追い撃ちをかけるように、魔法陣の端々から中央にかけて、大きな亀裂が走っていく。
「…魔法陣が…壊されていくよ…!?」
…突然弱まりだしたノアの魔力に、背後のユノが声を震わせた。見る見る内に、魔法陣に亀裂が刻まれていく。…無限大に近いノアの魔力が弱まるなど、有り得ないのに、何故。
何故。
…ああ、そうか。
魔力と心は…直結しているのか。………ノアは、今。
…今、拒んでいるのか。
「………ノア…」
寂しげな背中を、レトは見詰めた。
いつの間にか俯いてしまっている顔は、見えない。
青い光は薄らぎ、小さなひびが、また一つ入った。
「…ノア」
レトはゆっくりと、弓を握り締めた。
「………君が…殺らないなら………僕が、殺すよ…」


