亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~



「……我慢なさい、小さな狩人。貴方が我が儘を言ったところで、状況が良くなる訳ではないのですよ。魔力にあてられてぽっくり逝くのが落ちです」


…人間の親子愛というものが如何なるものなのかは知らないが、とりあえずここは止めるべきであろう。
レトが何故こんなにも必死で、そして目尻に涙を溜めているのか。
肉親への愛は、友へのそれとは違うのだろうか。
似ていて非なるもの、か。


二人に押さえ付けられたレトは幾分落ち着きを取り戻した様だったが、不安げな表情は全く消えていない。

その場でよろよろと立ち上がるレトに傍らに立つ二人は、また疾走する気か、と一瞬警戒したが、先程の様な突飛な行動に移る気配は無かった。

レトは、不安のあまりに小刻みに震える手を口元へゆっくりと持って行き……緩く握った拳の、指の隙間にそっと唇を寄せた。


「…何してるんだい?」

…静かになったかと思えば急に黙り込み、不可解な動きを見せるレトを、ユノは怪訝な表情で覗き込む。

門の向こう一点を見据えたままで、一向に答えないレトの代わりに、ドールが口を開いた。




「―――…指笛よ」

「指笛?」

笛などの楽器の代わりに手を使う原始的な指笛は、口笛よりも音のバラエティに富み、且つ遠くまでよく響き渡る。
山から山へ、谷へと仲間に情報を伝え合う遊牧民族や、農牧を営む民に用いられている方法だが、狩人も例外ではない。

指笛は非常に複雑で、吹ける者の方が極めて少ないのだが、狩人はほぼ全員会得しており、知人や肉親間のみしか分からない自分達の合図や言葉を作って使用している。




自分と、父にしか分からない単調な音の会話を、レトは試みる。

凄まじい魔力の嵐で鼓膜は揺るがされっ放しだが、そんなの構いやしない。


轟々と鳴る風の渦に向かって、レトは熱く白い息を吹いた。