…いい加減にしろ、と小さく声を絞り出し、ローアンは唇を結んで頭上を見上げた。
雪が絡み付く前髪が、主の真っ直ぐな視線を遮らぬ様にと視界の端へと揺らぐ。
春の暖かい青い空色を帯びた、けれども磨がれた刃の切っ先の様に鋭いローアンの眼光は、目と鼻の先にある殺気立った大木をじっと…見上げていた。
白き巨体は、自分を見上げてくる小柄な王を見下し、そしてゆっくりと………剣を構えた。
このままこの重い刃を振り下ろせば、握り潰した花弁の様に、彼女は痛みも知らぬ前に散るだろう。
だが、ローアンはこの目の前に佇む殺意とすらりと伸びた剣の行き先に少しもうろたえないどころか、その場から一歩も、動こうとしない。
彼女は目前の死を、分かっているのだろうか。
死を見上げるその目に、何故少しの恐怖も滲んでいないのだろうか。
何故、相対するのだ。
何故、私とは反対側に立とうとするのだ。
何故、私を否定するのだ。
その目は、まるで。
まるで。
あの、男と、同じ。
「貴様ら狩人の、古き伝統だか習いだかは知らんが………………そんなに神は正しいのか!ならば神の願い通りに貴様らは死に絶えればよい!!何も変えようとせずに、動かずに、神々しい運命や宿命とやらに縋っていろ!!………………臆病者めがっ!!」
「―――っ…!!」
小さな牙を剥き出しにして荒げる目と鼻の先からの罵声は、長老の中の、微動だにしなかった重い何かの留め金を、一気に外した。
憤りをおさめる器を失った長老の身は、溢れんばかりの憎悪に塗れた。理性が切れた意識下とは別に、剣を握り締める腕は、頭上高くに掲げられた。


