…小馬鹿にしたような長老の吐く毒を受け流し、ローアンは腕を組み、こちらを射抜く勢いで注がれる眼光と交えた。
…今、このデイファレトは神の災いによって破滅の危機を迎えようとしていると同時に、世界の有無を決める極めて重大な試練をも抱えている。
それを見据えてのローアンの問いに、神官は、理解した。
…話とは、このことか。
「―――…私は、フェンネルの王だ。…だが王である前に、一人の人間だ。………家族や友人と共にある、生きやすい世を願う…ただの人間だ。…王として生まれたならば、私は、そんな世を叶えたい………だから、この国に来たのだ」
「………故国だけでは物足りず、何処もかしこもと……贅沢なことだ…」
「他人の願いを願うことは、贅沢か…?」
この娘は本当に、何がしたいのだろうか。
右往左往する吹雪に華麗に靡く金髪を払おうともせずに、歩み寄ってくる長老にも怖じけづくこともなく、ローアンはその場で微動だにしない。
他人の願を叶えたところで、己にどんな益があるというのだろうか。
己の手を伸ばせる範囲だけではなく、他の誰かのために、他の国のために、世の中のために。
………そんな絵に描いたような正義感が、一体何処から湧き出てくるのだろうか。
正義感?………いや、使命感、義務感のどれとも違う。
正義感という名の、もっと神々しい、確固たるものを感じる。
言葉では表せない、何かが。
「………願いなど………少なくとも我々狩人は、貴様の考えている様な事など……願ってなどおらぬわ…」
鼻で笑う長老の言葉に、ローアンは微かに顔をしかめた。
災いに曝されようとしている故国のデイファレトに対し、長老は何の危機感も焦燥感さえも抱いていない様だった。


