力の入らない手は剣を落とし、がくがくと小刻みに震えだした。
……ふと気がつけば、今の今まで目の前にいた筈の小娘の姿が無い。奇妙な術で腕を消されたため、ローアンの拘束は当の昔に解けていた。
あの女は何処だ…と視線を走らせたのも、束の間。
―――…その刹那。
脇腹辺りに強烈な衝撃と痛みが打ちつけられたかと思うと…長老の視界には、早送りをした画面の様な景色が一気に流れ、一瞬の浮遊感が身体を襲い…。
暗転の後、背中から大木に体当たりしていた。
(―――…滑稽、かな)
神官が喉の奥で笑うのも、無理は無かった。
………その場にいる全ての非戦闘員の目の前で、その信じがたい光景は鮮明に流れた。
小柄な小娘が奇妙な技で長老の動きを止め、ついでに束縛から逃れた。そのまま距離を取るのか、と思われたのだが、この回りの予想は次の瞬間、盛大に裏切られた。
たった一歩、小娘は長老から離れたかと思いきや……その細い、花を摘んでいる方が絶対に相応しい手の平を、固く握りしめた拳に変えて。
―――殴った。
そう、殴ったのだ。
一回りも二回りも大きな長老の腹部目掛けて。何の躊躇いもなく。
とても奇麗な、しかし凶悪な右ストレートを。
外野からはその威力は計り知れないが、きっと相当な威力だったのだろう。なにせあの長老が、神官の視界の右端から左端へと猛スピードで吹っ飛ばされたのだから。
殴り飛ばされたまさかの長老の巨体は、数メートル離れた森林の手前に仁王立ちする巨木に、何の受け身も取れないままにその勢いで衝突した。
あの、長老が。あの長老が?
神にも等しい、我らが王の、長老が…?
当然の如く、外野勢は呆気に取られた。


