亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~

















「―――貴殿は、臆病者だ」




その声は人を小馬鹿にするせせら笑いのくせに、何処か品の良さが漂っているものだから、長老の苛立ちはぐんと増した。

切れ味のいい刃が、舞い散る雪の細かな結晶を断ち切っていく。
それは目にも止まらぬ速さで、上下左右に鋭利な風と真っ直ぐな閃光を生んでいた。

………だが、いつまで経っても、長老の白刃は赤に染まることがない。彼の目の前にいる筈の獲物…美しい金髪と空色の瞳を持つ高貴な人間は、あろうことか…自分のスピードに難無くついてきているのだ。

今、この瞬間もそうだ。

異端者にとっては不慣れな足場である筈の雪の上を、ちょこまかと縦横無尽に走る。華奢で小柄な一見は非力な印象を与えたが、印象はたかが印象でしかなかった様だ。………とんでもない。非力どころか、こちらの動きについてくる上に並の戦士以上の素早い動きを見せてくる。


一秒にも満たない一瞬で背後に回り込み、その細い背中に向かって光速とも思える突きを放ったが………手応えは、無い。刃は間違い無く彼女の脇腹辺りに減り込んだ筈なのだが、次の瞬間には、そのシルエットは真っ黒な靄となってサラサラと消え失せた。


…切っても切っても、まるでただ霧を扇いでいる様だ…。

………妙な術を使う。…煩わしい。








何度目かの盛大な舌打ちをし、長老は一旦動きを止めた。先程よりも一層勢いが増した吹雪の中、少し離れた場所に、音も無くローアンの姿が現れた。当たり前だが、傷一つ見当たらない。

「……臆病者…?………何のことだ…逃げ回る貴様の方が、臆病者に違いないではないか…」

「………私は…怪我をしてはならないと、約束しているので。……理由あっての臆病者です」

「…変わりないだろうに…」

馬鹿らしい…と呟き、長老は再度剣を構えた。たかが小娘一人に、自分は何を躍起になっているのだろうか。吐き出したくとも依存する苛立ちは、何処かで覚えのあるものだった。

ああ、そうだ。この感覚は。




あの、愚かな青二才と口を利く時と。

同じ。




「―――少し、黙れ……愚王め…」