歪な石の形、色、纏うまがまがしい力は、記憶に新しい。
禁断の地に入る前の、バリアン兵による襲撃の時。
白の魔術を暴発させていたユノを瀕死に追いやった、悪魔の石だ。
魔力を吸い取り、術の使い手の生命力をも食らい尽くすという。
…何を、すべきなのか。
考えるより先に、身体は動いていた。
「……ここにいなさい」
「………え…?…ザイさ…」
「貴女はここから動くな」
ポツリと漏らされた低い声音が風に呑まれると共に、サリッサは柔らかな積雪の上にそっと下ろされた。出来るだけ風を防ぐために、城壁の一部崩れた付近の影に無言で押し込まれる。
「………口を覆っていなさい。落ち着くまで、ここから出て来るな…」
「…ザイさんっ…!?」
大きく見開いたサリッサの瞳は、次の瞬間には背を向けて遠ざかっていくザイの姿を映し、冷たい突風に再び瞼を閉じた。
一気に、男との空いた距離を詰めていく。
視界の隅で煌めく己の愛剣の刃先を、標的に向けた。
魔力を孕んだ厚く黒い風が前を遮り、何度も押し返されそうになったが、ザイの走りは止まらない。
身一つで体当たりをするかの様に、突っ切って、突っ切って。
武器を持ってはいるが、両腕共に力無く脇に垂れ下げたまま仁王立ちするバリアン兵士。
俯いたその表情は窺い知れないが、ピクリとも動かないことからして、どうやら走り寄るザイの気配には気が付いていないようだった。
…この混沌とした魔力の風とは違い、何か…不穏な空気が男を取り巻いていたが……やるなら、今しかない。
否、今やらねばならないのだ。
この男を止めなければ、事態は危うい状況へと墜ちていく。
狩人の勘が、そう叫んでいた。


