………黒の、魔術だ。
おどろおどろしく不快なその気配は、魔力…黒の魔術しかない。
強大で濃厚である負のエネルギーの塊のそれは、上空の光る円陣から濁流の如く溢れ出ていた。
有害でしかない黒の魔力は、一度空気中に散開すれば広範囲に悪影響をもたらすと言われている。
…だが、今溢れ出ている魔力は辺りに散るどころか、まるで吸い取られているかの様に城のすぐ手前に集まっている。
あそこに、何があるのだ?
「………っ…」
「…大丈夫か、サリッサ殿…」
背に抱えていたサリッサが、不意に口を覆って咳込み出した。
特に鍛えてもいないサリッサには、この魔力で淀んだ空気が堪えられない様だ。
フードを被りあまり深く息を吸わない様に言うと、ザイはサリッサを抱え直して再び歩を進めた。
…ただならぬ事態に、ザイは地を蹴った。
滑りやすく凹凸の激しい針山地帯を、風の様に駆けていく。
城との距離を詰めていけばいくほど、身体が奇妙な不調を訴えた。
頭痛がする。
手足が屍の様に冷たい。
身体の節々に痺れが走る。
気持ちが悪い。
目が、霞む。
群れなす針山が邪魔だとばかりに、ザイは腕一本で剣を振るった。
横一文字の凄まじい斬撃は、岩の山に一瞬で滑らかな切断面を作り、触れた空気さえも鋭利な風に変えた。
崩れていく岩を飛び台にしながら一際大きな丘を越え、人は疎か獣も踏み入っていないであろう雪の海になんとか着地した。
白く細かい粉塵の中、顔を上げれば、前方には人工的に切り開かれた様な空間が広がっていた。
凍てついた地面に視線を下ろせば、長い歴史を物語る薄汚れた石畳。
整備された道の先を辿った先には堂々と佇む真っ白な城のが構えており、やっと、ここまで来たのかと改めて実感した。


