「…悲しいことに、あの男が持っている空の魔石を前にしては、私の様な優秀な魔の者でも、手を出したくとも出せないのですよ。腹立たしいったらありゃしない…」
あの石は言わば、対魔力に優れた道具なのだ。
―――…大昔、その石はフェンネルにて偶然発見されたらしい。
人や動物は勿論のこと、この世にあるもの全ては様々な魔力を空気同様に纏っており、微量ながらも魔力をその身に宿しているのだが………地中深くから発見されたこの漆黒の石は、微塵も魔力を宿していなかった。故に、“空(から)の魔石”という名が付けられた。
当時の学者達によって、手の平に収まる程の小さな欠片でも、底の知れない貪欲さで魔力を吸い上げてしまうという不可思議な性質を持つことが判明した。
魔術など縁の無い普通の人間でさえ、触れただけで気分を悪くしたり、場合によっては病を患う事もあるこの石。
…それが魔術を扱う者、生きた魔力とさえ言われている魔の者が触れれば、どうなることか。
魔力を搾るだけ搾り取られ、昏倒した揚げ句死に到る可能性が大いにある。
事実、指の爪ほどにも満たない小ささの空の魔石に力を吸い付くされ、死んでしまった魔の者も数多くいた。
…故にノアは迂闊に、ゼオスに近付く事が出来ない。
現在進行形でゼオスの持つ魔石はノアの魔力を吸い取っているのだが、幸いにも彼との距離がかなりあるため、今の所は苦しくも何ともない。
だが、城を囲む結界が薄らいでいるのは確かだ。
結界が解けてしまえば、あのゼオスの侵入を許してしまう。
そしてその結界の崩壊は、ノアが力尽きること…最悪、死を意味している。
魔の者にとって、魔力は命の源なのだから。
「…ご覧の通り、魔力が飛散しているせいで外は吹雪の嵐…。………あのゼオスとやらに辿り着く前に、死にますよ。………この、エコー達の様に」


