亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~


………そこにじっと佇んだままの動かぬドールの瞳には………どす黒い、激しい怒りや憎しみといった負の感情が渦巻いていた。




普段の彼女とは明らかに違うその威圧感に、レトとユノは黙りこくった。

瞳に映すもの全てを射殺せそうなドールの殺気に満ちた視線は…ただ一点に向かって。真っ直ぐに。

その、先にある、男のシルエットに。
























「―――ゼ…オスっ…!!」




低い声音で憎らしいその名を、わななく唇で紡ぎ、ギリリと奥歯を噛み締めた。

遠くとも、視界が悪かろうとも、ドールには分かる。
男の姿が視界に入った途端、頭は真っ白になり………沸々と、荒れ狂う熱が沸き上がっていた。






―――ゼオス。

…ゼオスだ。



あれは間違いなく、奴だ。














垂れた片腕の拳が、凄まじい怒りに呼応してその肌が白くなるほど握り締められる。
怒りに震えるドールを傍目に、ノアは微笑を浮かべた。

「………ああ、やっぱり。…貴女のお友達でしたか」

「……冗談も、大概にしてちょうだい。………誰、が……誰が………あんなっ……!!」


















バリアン国家が誇る戦士の中でも頂点に近い優れた戦力を持つ男、ゼオス。
そしてその悪人面通りの、残忍且つ非道な、人を人とも思わぬ最低の人間。



その男が、いる。

ここに、いる。




ハイネが自らの命と引き替えに、バリアンの兵士達から自分を逃がしてくれた、脳裏に蘇るあの時。あの、冷たい夜。


ハイネが起こした大きな雪崩は、そこにいた全てのものを飲み込んだ筈だった。
筈、だったのだが。









(……生きて…いたなんて………!!)