………そこにじっと佇んだままの動かぬドールの瞳には………どす黒い、激しい怒りや憎しみといった負の感情が渦巻いていた。
普段の彼女とは明らかに違うその威圧感に、レトとユノは黙りこくった。
瞳に映すもの全てを射殺せそうなドールの殺気に満ちた視線は…ただ一点に向かって。真っ直ぐに。
その、先にある、男のシルエットに。
「―――ゼ…オスっ…!!」
低い声音で憎らしいその名を、わななく唇で紡ぎ、ギリリと奥歯を噛み締めた。
遠くとも、視界が悪かろうとも、ドールには分かる。
男の姿が視界に入った途端、頭は真っ白になり………沸々と、荒れ狂う熱が沸き上がっていた。
―――ゼオス。
…ゼオスだ。
あれは間違いなく、奴だ。
垂れた片腕の拳が、凄まじい怒りに呼応してその肌が白くなるほど握り締められる。
怒りに震えるドールを傍目に、ノアは微笑を浮かべた。
「………ああ、やっぱり。…貴女のお友達でしたか」
「……冗談も、大概にしてちょうだい。………誰、が……誰が………あんなっ……!!」
バリアン国家が誇る戦士の中でも頂点に近い優れた戦力を持つ男、ゼオス。
そしてその悪人面通りの、残忍且つ非道な、人を人とも思わぬ最低の人間。
その男が、いる。
ここに、いる。
ハイネが自らの命と引き替えに、バリアンの兵士達から自分を逃がしてくれた、脳裏に蘇るあの時。あの、冷たい夜。
ハイネが起こした大きな雪崩は、そこにいた全てのものを飲み込んだ筈だった。
筈、だったのだが。
(……生きて…いたなんて………!!)


