亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~



佇むのは一人の大柄な男。積雪に仁王立ちし、白いマントをはためかせていた。顔は、見えない。

…その足元には、純白のキャンパスを点々と染めている血溜まり。
どうやら男は傷を負っている様で、滴る赤は途絶える気配が無い。
…だがしかし、体力が消耗している筈の男は少しもふらつく様子も無い。


そんな男の脇に垂れ下がった大きな手には…ぞっとするような、思わず身の毛がよだつ黒々とした光を放つ何かが握り締められていた。
夜の闇の、一番暗い、一番冷たい部分を掬い取ってきたかの様な漆黒のそれを目にした途端。





……悪寒が走ると同時に、背後にいたユノの顔がさっと青ざめた。








「………嫌…だ…。…僕…あれ、は…」

ユノが怯えるのも、無理は無かった。
記憶に新しいその底無しの闇は、ユノを生死の狭間に追いやった恐ろしい…黒い石。
ドールと互いに敵対していた際の襲撃で、半ば暴走していたユノの強力な白の魔術を、あれはいとも容易く打ち破った。
あの時の例えようの無い苦しみを、身体は覚えているのか……ユノの身体は、震えが止まらない。


男の握る冷気を放つ漆黒の石をじっと見詰めながら、ノアは溜め息を吐いた。

「………あー…あれはどう見ても…無遠慮に他人の魔力を吸い上げて無効化してしまう…通称、空の魔石、ですね。………まーた厄介な物を……さすがは鉱業が盛んな穴掘り国家バリアン。余計な物まで探し当ててしまう困ったさんですね………そう思いませんか?…ドール」




…振り返れば、いつの間にか背後にはドールの姿があった。
鎚を杖代わりにし、長い廊下を経てここまで来たらしい。


その彼女に声をかけようと口を開いたが……それはすぐに閉じられた。