首だけのもあれば、胴体だけのも。
五体が飛び散ったものもあれば、ただの残骸と化しているものも。
思わず蒸せ返る、粘り気のある黒い血の海が目前に広がっていた。
…これらエコーは、勝手に城の庭に住み着き、勝手に繁殖し、勝手に歌を歌ったり迷い込んだ人間や侵入者を食い殺していたりと……本当に勝手な事ばかりをしていた獣だが。
………約五十年の孤独な時間の中で、暇潰しくらいにはなっていた。
彼等の耳障りな歌も、決して嫌いではなかったし………………ああ、可哀相に。
哀れんだ目でそれらの屍を一通り眺めた後…ノアは、今もっとも厄介で腹の立つ、騒音と地響きの元凶に……嘲笑を孕んだ視線を、向けた。
轟々と吹雪く白い風と、その流れに乗りながら辺り一帯を覆い尽くす勢いで広がっていく黒い靄。
…それら双方が一体化した強大な威力の塊が吹き付けるのは、ノアの気まぐれや許しを得ない限りは決して開く事の無い…この城の巨大な門の、向こう側。
真っ白な吹雪の中に、凄まじい殺意と底の知れない嫌な魔力を放つそれは、一人の人影を形取って………そこに、佇んでいた。
…一人の、男の姿が。
門までの距離に加え、視界を覆う吹雪のせいで曖昧なシルエットしか見えない。
元々視力の優れている狩人のレトには、鮮明ではないがその姿の詳細をなんとか捉えていた。
…だが、いくら凝視してもレトは怪訝な表情を浮かべるばかりだった。
何故ならその人物は………見覚えの無い、見知らぬ人間だったからだ。
明らかに敵であることは分かるが、何処の誰なのか…皆目見当がつかない。
(………誰…?)


