「―――おや、懐かしい香りがしましたね…」
「………何か臭う?」
朝の訪れからまだそんなに時は経っていない様に思えたが、実際は既に昼を迎えていたらしい。
厚い雪雲の向こうにあるであろう、お天道様の神々しい明かりが、傾き始めていた。
今日は一段と、昼間の時間が短い様だ。夜の訪問は案外早いだろう。
…この窓から見える薄暗い空が、じわじわと闇色を孕んでくれば………月が昇るのも、すぐだ。
弓張月の昇る夜が待ち遠しいと共に、その胸中には不安もあった。言葉では言い表せない、表現し辛い、言わば勘の様なものだ。
…しかし、朝から落ち着かない様子で部屋や廊下を行ったり来たりと繰り返しているユノを見ると、うじうじとそんな弱気な事を考えている訳にもいかなかった。
来るものは、来るのだ。
もはや自分達に出来る事は、時の訪れを待つのみ。
それも、無事に。
暗闇を待つ間、各々の行動は全く別々だった。
ユノに関しては先に述べた様に、彼の意識は我が道を行くの一本調子である。
話し掛けてみるが、はたして聞こえていないのだろうか。返事は無く、レトの声は虚しく白い吐息と共に天井へ上がっていく。
何やらぶつぶつと独り言も聞こえてくる始末で、仕方無しにレトは彼をそっとしておく事にした。ユノが話し掛けてこない時は、たいてい何か考え事をしている時か、独りにしてほしい時であると、これまでの旅の中で学んでいた。
廊下に出れば、何故かまだ熟睡し続けて起きる気配の無いアルバスが、小さな身体を丸めて隅に転がっていた。
少し長すぎる雛鳥の睡眠を不思議に思ったが、それも一瞬の事で、レトは直ぐさま放置を決め込んだ。


