当の本人はというと、ピンと伸ばしていた背筋をゆっくりと曲げ始め、前のめりになっていく身体を支えるかの様に、片手で椅子の肘掛けを掴んだ。
インクが渇ききっていない羽根ペンを洋皮紙の上にポトリと落としたかと思えば、手で口を覆い………。
激しく、咳き込み始めた。
「―――…コホッ……ッ…ゴホッ…ホッ……!」
「………だ、大丈夫ですか?」
稀に見る光景に、兵士は少し慌てふためきながらもどうすることも出来ず、ただ苦しそうに咳き込む上司を見守っていた。
噎せたのだろうか。それとも風邪でも引いていらっしゃるのだろうか。
性格のねじ曲がった奇人ぶりで普段は忘れていたが、元々ケインツェルは人並み以下に体力も無く、虚弱体質だと聞いている。
咳き止め等の薬でも差し上げようか…などと思案しつつ、兵士は再度彼に視線を戻した。
その直後、一際激しく咳き込んだと同時に、ケインツェルの肩が大きく揺れ…。
鮮やかな紅色が、視界に飛び込んできた。
―――赤い。
真っ赤な。
それはそれは真っ赤な。
「…ケイン…ツェル………様…」
…戦慄く声で彼の名を呼ぶ兵士の目に映ったのは、紛れも無い……鮮血以外の何物でもなかった。
………血だ。
少し青ざめた彼の口から吐かれたのは、血だった。
吐血の量は凄まじいもので、覆っていた手は指先から手首に至るまで真っ赤に染まっていた。
白い肌に軌跡を残しながら床に垂れ落ちる、彼の血。


