最後の、最後の、我が儘だから。
…貴方は、聞いてくれるかしら。
ザイ。
ザイ。
「―――…ほら、ザイ」
アシュは、笑った。
綺麗な笑みを浮かべて、笑った。
火柱は、もうすぐそこだった。危機迫る、緊迫感に満ちた空間。様々な物が焼け爛れていく騒音に塗れたこの世界で。
二人のいる場所だけが、無音となった。
何も、聞こえない。風の笑い声も、炎の叫びも。何も。
ただ、目の前の彼女の………ずっと聞きたかった声だけが、聞こえる。
嬉しそうな、彼女の声、だけが。
「―――ほら見て、ザイ」
アシュは笑みを浮かべて………胸に抱いていたものを、そっと………ザイの手に寄せた。
それは小さくて温かくて、柔らかなもので。
小さく、呼吸を繰り返していて。
「―――可愛いでしょう。貴方の赤ちゃんよ」
無音だった空間は、唐突に崩れ散った。
限界を超えたベランダの床が悲鳴を上げ、あちらこちらに裂け目を作り、風穴を空けた。
唯一の、要。掴んでいた柵が、根元から折れた。
視界が、揺れる。
グンッ、と瞳に映る景色が下がる。
目の前にあった筈の綺麗な笑顔が、急に見えなくなる。
遠ざかる。
重力に逆らえぬ身体は、気持ちの悪い浮遊感を連れて、遥か下の地上へと落ちていく。
頭上の火柱が、彼女の影を覆った。


