亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~






彼が、呼んでいる。





自分の名前が、愛しい人の声となって聞こえてくる。


アシュは動かなくなった父の手にそっと触れ、ゆっくりと立ち上がった。

重い足を引きずりながら、誘われる様に彼の元へと歩んで行く。


一歩、また一歩歩けば、床が金切り声を上げて軋む。
限界を物語る、その悲鳴。



彼の元へと歩みながら、アシュは羽織っていたマントをおもむろに脱ぎ、胸に抱く小さな身体を優しく包んだ。
散乱する木片を跨いでいき、ザイの伸ばす手まであと数メートルという所。



背後から、再び雷鳴に似た大音響が鳴り響いた。
炎を纏った太く大きな柱が徐々に傾いている。今にもこちらに倒れてきそうな状態だった。

ゆっくりと、覆い被さってくる火柱を背にしながら………。







アシュは、ザイのいる場所から、一歩前で………立ち止まった。







突然、奇妙な行動をとる彼女にザイは怪訝な表情を浮かべたが、今はそれどころではない。
燃え盛る炎の塊から、巨大な火柱が二人目掛けて頭を傾けているのだ。このままでは…。




「アシュ…!!何を、しているんだ…!?………手を伸ばせ…!………アシュ!!」

ザイが伸ばす手の先は、アシュに届きそうで届かない。
視界の隅にあった火柱の影が、だんだんと大きくなってきた。熱風が吹き付ける。火の粉が身体を覆う。

赤い悪魔が、駆け寄ってくる。


























あたしは、幸せが欲しい。

幸せって何なのか分からないけど。欲しい。


そう思っていたけど………実はもう、手にしているんじゃないかしら。



もっと幸せになりたい。だけど。







最後の、我が儘。


前にも言った気がするけど、これが最後。



本当に、最後の、我が儘。