亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~


広大な雪景色が見えるベランダの向こう側だろうか。
落ちてくる瓦礫や先程倒れてきた火柱で、既に原形を止めていない柵の向こうに………ゆらりと動く、影が一つ。

闇夜の中、赤い光と熱であぶり出されたその姿を見た途端、大きく見開いたアシュの瞳からはとめどなく涙が流れ落ちた。


「…っ……ザイ………ザイ!」





雪と同色の見慣れた白いマントに、煤で汚れた顔と手足。
…どうやらザイは、遥か下の地上からここまで命綱も無しに登ってきた様だった。
屋敷の壁は、一部が煉瓦で出来ている。積み重なった煉瓦の僅かな凹凸を頼りに、彼は登ってきたのだ。

ベランダの端を覆い尽くした瓦礫と炎のせいで、こちらにまで上がって来れないのか、傾いた柵を掴んだ状態でアシュに向かって手を伸ばしている。


普段の彼からは想像もつかない大声が、辺りの騒音を掻き消す勢いでアシュに放たれた。




「―――…アシュ、こっちだ…!…早くするんだ…!………ここもじきに崩れる………早く来るんだ!!」

蜃気楼の様に揺らめく視界の向こうで、ザイが叫んでいる。
手を、伸ばしている。

その手を、自分はどれほど待ち望んでいたことか。沸き上がる嬉しさとは裏腹に流れ続ける涙を拭い、アシュはなけなしの力を振り絞ってその場でなんとか立ち上がった。

「………ザ、イ……」

ぐずぐずと鼻を啜りながらアシュは涙で崩れた笑みを浮かべる。
瓦礫に引っ掛かったマントの端を引っ張り、彼のいる方へと歩み寄ろうとした。












その、途端。

掠れた声が、何処からか自分を呼んだ。







からからに乾いた喉から振り絞った様な、掠れた声。
震える声。




ゆっくりと振り返れば、そこにあるのは横たわる火柱。

声は………その下から聞こえた。