婦人が亡くなってからは、この一人娘だけが、伯爵の家族だった。
掛け替えの無い、唯一の家族だった。
たった二人だけの、家族と呼べる…。
…だから、大事にしたかった。何にも染まらぬ様に、何処へも行かぬ様に、純粋無垢なその羽が傷付かぬ様に。
………………気付けば、娘が向けてくれる笑顔は、人形の様に冷たくなっていた。
感情の無い、冷めた偽りの笑顔。
その原因が自分にあることも、伯爵は気付いた。
「………今更…父親面をしたって、もう手遅れなのだろう?…分かっているんだ………私は…分かっている…」
錯覚、だろうか。
…だが、と言葉を繋ぐ彼の双眸に、炎の赤に染まる雫が見えた。
彼は、伯爵は、父は………笑っていた。泣きながら、笑っていた。
「―――…それでもお前は、私達の子だ。………昔も、今も。……これからも、ずっと。………………………アシュ…すまないな………すまない…」
風向きが、変わった。
それまでアシュの背を押していた風は気まぐれを起こし、方向を変え、今度は逆走し始めた。
火の粉が舞い散る熱風が、二人に吹き付けてくる。それに伴い、屋敷を喰らっていた貪欲な炎の群集も行き先を変える。
唯一安全だった二人の立つベランダに、炎の舌がはいずり回りだした。
乾いた木が爆ぜる音があちこちから鳴り響いたかと思えば、雷鳴にも酷似した大音響が二人の頭上落ちてきた。
けたたましい音源へと走らせたアシュの目に映ったのは、赤く燃える巨大な松明の如き柱。
屋敷の何処かに使われていたであろう柱は、今やただの瓦礫であり、そして脅威だった。
アシュの意識は佇む二人の元に倒れてくる柱の全貌に釘付けとなっていたが、危機感による戦慄が、身体を突き動かした。


