亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~

やや強い今宵の冷たい風は、ベランダの向こうから吹き込んでいた。

退路は、無い。
全てを食らいつくしていく赤と熱を出来る限り避けるには、風上のベランダにいるしか手はなかった。

広々としたベランダに出れば、赤々と燃える屋敷の全貌がよく見えた。
背中を押す風が、火の勢いに油を注いでいく。

…元々、この屋敷は伯爵の先祖から受け継いできたもので、相当年期の入った古い建物だった。
おまけにこの雪国は万年冬季の乾燥しきった大地である。
一度火種を放てば火事となるのは必然。
灰になるのを待つしかないのだ。


今は、寝静まった夜中。
ほとんどの街の民がこの火事に気が付いていないのか、ベランダから見下ろした先にある家屋の群れは静かなものだった。



じりじりと迫り来るのは、恐ろしい赤色と、凄まじい熱。そして、未だ自分の真正面に佇み、睨み合う……父。
燃えていく屋敷を背にする父の姿。
恐ろしいなんてものではなかった。今、彼の手に短剣は無い。だが、安全とは言えない。
お互い、退路の無い死を待つだけの境地に立たされているのだから。







巨大な炎に覆われた視界の真ん中で、ぼんやりと映る父が、ゆっくりと…こちらに歩み寄ってきた。
反射的に、アシュの身体は後ずさる。
ベランダは広々としているが、無限に続いている訳ではない。ベランダから落ちないようにと縁を囲んだ丈夫な柵は、崩れてきた柱で一部が破損し、少し体重をかければ崩れ落ちそうだった。



行き場は無い。

何処にも逃げられない。





パチパチと木が爆ぜる音が、うるさく鳴り続ける中で。


―――アシュメリア、と父の唇は紡いでいる。



彼の口から聞きたくもないのに。

彼の、泣きそうな顔が、目を逸らせてはくれなかった。