背を向けた。
呼ばれる私の名前から、耳を塞いだ。
振り返らなかった。
………だが、どうだろうか。
彼女は、泣いているではないか。
彼女のためだとか、何だとか豪語しても。
彼女は、泣いているではないか。
泣いているではないか。
なのに、今私は…何故。
「―――…逃げて…いる…」
「………何だって?」
空虚な薄暗がりを見詰めたまま、ポツリとザイは呟いた。
その断片を耳にしたコムは、怪訝な表情を浮かべてザイに顔を向けたが………不意に、ザイはその場で立ち上がった。
手早くマントを羽織り直し、無言でコムの店から出て行こうと歩を進めた。
外の冷気に煽られ、純白のマントが大きく靡く。視界から消え失せようとする大きな背中に、「何じゃい、急に」とコムの声が浴びせられた。
ザイは振り返らず、目前に広がる吹雪の舞台に目を向けたまま………誰にも聞こえないくらいの小さな声を、白い吐息と共に、言の葉に包んだ。
「―――………泣いてほしくないんだ」
窓くらい開けさせて、息苦しくて窒息しそう。
………ドアに鍵を付けるのは分かるが、窓には止めて…と、鬼の形相をした父に勇気を振り絞って文句を言った自分を、今は物凄く褒めてあげたい。
了承してくれた父は恐らく、この自室から地上までは相当な高さがあるため、いくらなんでも脱走は不可能だと判断したに違いない。


