「…おや、そうかい。ほとんど文で済ませる君が会いに来るつもりだったとは…珍しい。何か用事でもあったのかね?」
…そう、何気なく言えば…男爵は飲みかけの紅茶をテーブルに置き……静かに微笑んだ。
「………ええ。一つだけ、お話が。………………………貴殿とは最後になる、重大なお話がね」
「………最後…?」
付け加えられた意味深な言葉に怪訝な表情を浮かべたが、男爵の視線は窓の外に向いている。
何の冗談を言うつもりなのだろう…と、彼の唇から出る次の言葉を待っていると………視線は反らされたまま、男爵は呟いた。
「………早くお帰りになりたいでしょうから、一言で済ませましょうか。………………………………婚約破棄を、申し出る」
「―――…何、だって…?」
…なんとか絞り出した声。
引き攣った笑みを向けたが、男爵は無表情だった。
この男の事は、よく知っている。今のご時世では珍しい、気真面目で嘘を吐かない男だ。
…今の言葉は、冗談でも何でも無い。
ああ、本気なのか。
男爵の放った、婚約破棄という言葉を反芻させていると、一瞬真っ白になった伯爵の頭は、次第に真っ黒な憎悪で溢れていった。
小刻みに震える拳を勢いよくテーブルに叩き付け、そのまま立ち上がる。
背後で椅子が倒れた音が部屋中に響き渡った。
「………そ、れは……どういう了見での台詞だ…!………婚約破棄だ?……破棄だと?それがどういう事を意味しているのか…君は知って…!」
「―――…貴殿との縁を、一切合切断つ事。………それぐらい、承知しておりますとも。…正気の沙汰です」


