原因は勿論、渦中の御令嬢…アシュメリアにあった。
屋敷に帰って来てからというもの、誰の話にも耳を貸さず、習い事にも手を付けずに独り部屋に閉じこもりっぱなしだった。
迫っていた婚儀の事を耳にするや否や、令嬢は狂った様に泣き喚き、酷い時はナイフを手にして己の手首に持って行こうとした。
召使達が慌てて止めに入り、なんとか治まったものの……その問題行為は度々起こった。
賊に誘拐されていた時のショックによる精神的ダメージで、少しおかしくなってしまったのではないか…と、屋敷の者達は令嬢を酷く心配し、彼女の父である家主に婚儀の延期を提案した。
壊れた人形の様になってしまった溺愛する娘の事を考え、アシュの父は渋々承諾し、娘の容態が回復してから婚儀を行うことにした。
多忙なアシュの父は普段屋敷にはおらず、数ヶ月に一度顔を見せに来るくらいだ。
アシュが戻ってきた後も、召使達に娘の事や婚約者との婚儀の打ち合わせなど一切合切任せ、彼は急ぎ屋敷を発っていた。
…容態も落ち着いてきたか、と思えば…アシュは手首に赤く深い線を刻もうとする。
治りかけていた傷の上に、新たな線を刻んでいく。…そのため、手首の傷は一向に消えなかった。
一ヶ月に一度、アシュの父親から手紙が送られて来る。
娘の様子はどうか、婚儀の進み具合はどうか、特に一番知りたいのはアシュと婚約者との仲らしく、会うようにだの何だのとうるさく父の文字が喚いている。
それら全ての返事は、真っ赤な嘘を書くようにと…アシュは指示していた。
「………“一緒に、お茶を飲んできました。…とても楽しかったです”………簡単でいいわ。そう書いておいてちょうだい…」
「………はい」


