約五十年前の王政崩壊で国内の統治は無に返り、貴族はその地位と存在を失ったも同然だったのだが…今でも何食わぬ顔で威厳を放ち、足元の平民を見下ろしながら踏ん反り返っている有様だ。
依頼人は、そんな落ちぶれた貴族であり、善人面をした悪人。
…一体何処の街で威張り散らしている貴族なのだ、と顔をしかめつつアオイは問い詰めてくる。
…途端、コムは何故か…何を見詰める訳でも無くぼんやりとしていたザイに、視線を流した。
………この老人のやけに鋭い意味深な視線を、ザイは瞬時に感じ取った。
…顔を上げれば、彼は苦笑を浮かべ………視線を逸らした。
「………一ヶ月前の、第三首都に当たる街であった騒動…覚えておるか?………あの事件で一時有名になった………御令嬢の、父親さ」
…カカカ、という老人の笑い声が、頭痛に似た鈍痛となってザイの脳裏に響き渡る。
逃れる様に薄暗い天井を見上げ、瞼を閉じてみたが。
…見慣れた暗闇がそこにはあるだけで、出口などは無い。
黒一色の中で、何に背を向けているのかなど分かっているのに、知らない振りをしてさ迷っていたザイは……やがて、歩みを止めた。
婚約者がいる。
賊による誘拐からも、無事生還することが出来た。
ならば後は、婚儀を執り行うだけ。既に準備は整っており、いつでも花嫁衣装に着替える事が出来る。
………と、屋敷に仕えている者達やその主は、当たり前の様に思っていたのだが。
この一年あまりが経った今も、まだその夢は叶えられていない有様だった。


