………隙を突いて崖の上に退避しようと思っていたが………これでは無理だ。
レトは無言で前に向き直り、悶え苦しみながら次第に興奮していく蟲を見詰めた。
………視界の隅に、巨大な蟲を容赦無く切り付けていく父が見えた。
鋼の甲殻をたった一太刀で切断していき、蟲は血達磨と化していく。
………人と獣は平等で、この世界で共存する間柄。
…人間は、意味も無く獣を殺めてはならない。意味の無い殺しはしてはならない。
命が命を取っては、ならないのだ。
………それは古くから伝わる、狩人の掟。
汚れ一つ無い、戦士の掟。
………レトはスッと目を閉じ……小さく息を吐いた。
「―――………雪の精よ、狩りの神よ、命の神よ…罪無き命を殺める事をお許し下さい。……そして蟲…………………………生き抜くためです。……お許し下さい…」
………レトは短い祈りを捧げると………。
「………離れてて」
腰からもう一本剣を抜き、身構え………小さな、『狩人』となった。
「………」
女性は子供を抱え直し、言われた通りに後退した。
蟲は穴の開いた舌を引っ込め、背中の甲殻を開いたり閉じたりしながら…レトを威嚇し始めた。
……超音波の様な耳障りな鳴き声が響き渡る。
女性は思わず耳を塞いだが、生まれた時から狩人として育てられたレトにはただの騒音同然で、何のダメージも与えられない。


