…獣だろうか。
この約一ヶ月間。伊達に旅をしてきたわけではない。箱入り娘と雖も、常に隣り合わせの危険と毎日の様に遭遇してきたのだ。………危機感の一つや二つ、嫌でも敏感になるというものだ。
アシュはほとんど反射的に頭を引っ込めた。
岩影に身を落とし、息を潜める。
………音は、どうやら積雪を歩く足音の様だった。
凍てついた枝を掻き分け、歩を進める微かな物音。
単調なそれは、やけにゆっくりだ。
どうやら獣ではない様だ。………人、だろうか。
アシュはマントを頭から被り、恐る恐る影から外を覗き込んだ。
真っ白な雪路を踏み締め、こちらにゆっくりと近寄ってくる………人影。
目を凝らして見れば……それは…。
(………ザイ?)
見間違える筈が無い。
薄暗くとも、アシュの目は確実に彼か否か見定めることが出来る。
大柄なシルエットや、彼独特の醸し出す雰囲気。
ザイに違いない。
何も言わずに今まで何処に行っていたのだろうか。
アシュは岩影から離れ、彼の元へと駆け寄った。
外界に出るや、冷たい空気が全身を覆う。
………ザイの方も、アシュに気が付いたのか。
現れた彼女を見た途端、ピタリと、歩みを止めた。
互いの距離は本のニ、三メートル程。
その距離を埋めていくアシュが、より鮮明に彼の姿を捉えた。
…途端。
―――ザイ…と、すぐそこにいる彼の名前を呼ぼうとしたアシュの声は、舌の上で止まった。
同時に、足も止まる。
「―――…ザ、イ…?」


