「―――………ザイ?」
そう広くはない、岩穴の中。自分以外の人間がいるならばすぐにでも気付くこの狭い空間で………アシュは、独りだった。
右へ左へ後ろへ。回る首を駆使して何度も何度も辺りを見回したが、呟いた名前の人間は、何処にもいない。
眠りにつくまで隣にいてくれていた彼の姿は無く、あるのはいつ何時もひっそりと傍に依存する無機質な空虚のみ。
流れ続ける静寂は、言い知れぬ不安をアシュに吹き掛ける。じわじわと浸透するそれに耐え兼ね、アシュはマントを羽織りながらその場でゆっくりと立ち上がった。
「………ザイ…」
彼の名を呟くが、応えてくれる声は何処からも聞こえない。
………置いて、いかれた…?
…いや、そんな筈は無い。夜明け頃に街の傍まで連れていくと、ザイは言っていた。
…少しの間、何処かに出ているだけだろう。
………しかし、何のために…?
(……やだ。………ザイ…)
早く戻って来て、と心中で叫びながらアシュはオロオロと辺りを見回し、外への通路に歩んだ。
…独りの時は外に出てはならない、と厳しく言われていたのだが…今は大人しく言うことを聞いていられる程冷静ではない。
…少し顔を出すくらいならいいだろう。
そう思い、アシュは狭い通路から顔だけ覗かせ、凍てついた銀世界に目を走らせた。
夜明け前だろうか。日は出ていないが、空はほんのりと明るい。
珍しい事に、雪は降っていなかった。
風も無い、静寂漂う世界。
白い吐息で擦り合わせる手を温めながら眺めていると。
………凍った木々の群れの奥から、物音が聞こえた。


